思考と心と、自分は別
禅を学んで、思考と心と、自分は別という事が分かって楽になった。
どうしてこんな酷い考えが浮かぶんだろう?
どうしてこんな感情になるんだろう?
自分と感情、そして心が全て一体だと思っていた頃は、
- こんな酷い事が浮かんでくる自分は何て駄目な奴なんだ
- こんな感情になるなんて自分はどうかしている
結構辛かった。
心と思考に振り回されると共に、罪悪感を感じていた。
けど、禅を学んで、
心と思考は、自分ではなく、自分の物でも無い事が分かった。
だって、自分でコントロール何か出来ずに、
思考は勝手に浮かび、
心は勝手に移り変わる。
全く自分の物じゃないし、全くもって自分ではない。
そしたら、思考と心と、自分の間に距離感が生まれ、思考と心を客観的に見れるようになった。
岡潔は、「自分は認識の主体でしかない」と言っている。
何を言っているか分からなかったが、少しだけ分かった気がする。